「張り込み」

 自殺が相次ぐある団地のマンション。そこに住む主婦、スミレ(若林しほ)の家に、張り込み担当の刑事、吉岡(小市慢太郎)がやってきた。最近マスコミを賑わせている、駅やホームセンターの爆発事件のエリアがこのあたりに移ってきてるという。その犯人が、どうもスミレの住むマンションの向かいの棟に潜伏しているという話なのだ。張り込みにはこの部屋の立地が最適だという。警察手帳を見せられ、仕方なく中に通すのだが・・・。
 饒舌、強引、無神経な上、とても張り込みしている様には見えない刑事の態度に不快と不安が増大していくスミレ。逃げても避けてもどこまでも視界に入ってくるこの男は何者なのか?それよりこの男の目的は本当に「張り込み」なのか?

DVDパッケージより


若林志穂さん初主演映画。
これを見に行かない手はないでしょう。


以下ネタばれと、不快感、嫌悪感を催す表現のある恐れあり。




あれだけの不快な言葉を投げかけられたら、普通はもっと怒ってもいいだろう。
でも、すねに傷もつ身、しかも相手は刑事だとなれば、そう簡単に排除する行動には出られない。
もちろん、吉岡もそれがわかっているから強気にひどい話題をぶつけてくる。
最初の時点ではまだ明らかにはされないが、スミレを追い込むのが最初の目的というか前提なので、遠慮のなさは当たり前。
しかし、スミレも、視聴者も、この男はいったい何がしたいのかわからないので、非常に不気味。



スミレは過去に過ちを犯していた。
英会話教材のセールスマン荒川と不倫の関係を持ち、荒川の子供を妊娠していた。
別れ話のもつれから、自殺に見せ掛け、睡眠薬を飲ませた荒川を自室のベランダから突き落とし殺してしまう。
当時鑑識としてその事件に携わった吉岡は、その細工に気づいていた。



どこまでが演技か、どこからが本気かわからない吉岡の発言だが、多分本音と思われる箇所が二つ。



目的がわからずいらだつスミレの「なにが目的なんです?」という問いに答えた
「荒川さんがちょっとうらやましいだけですよ」
荒川が自力で死ねなかったことを報告せず、「そんなことしたら、あなたが罪に問われるんじゃないですか」と言われ
「あ、僕の心配してくれるんですか。うれしいなあ」



最初に見たときには、スミレにそこまで好かれた荒川がうらやましいのかと思った。
それこそ他人に渡したくないというほどの強い思いがそこにはある。
吉岡も「恋に落ちちゃったんですよ」と言っている。
しかし、それならそれで、もっと違う方法をとるはずだ。
こんなやり方では、絶対に好きになってくれるわけがないから。



それではこの男の目的とは?




スミレを拘束しベッドに寝かせ、こう切り出す。



いち、あなたを荒川事件の真犯人として逮捕したい。
に、欲望に任せてあなたをレイプしたい。
さん、このままあなたが餓死するまで撮影し続けたい。



よん、そのどれでもない。





「いち」と「に」は、やろうと思えばいつでもできたし、「さん」はずいぶん唐突な感じを受ける。
じゃあ、「よん」だとしたらいったいなんなんだ?



吉岡は、スミレの周りをゴルフクラブでたたき始める。
そのまま殴るつもりかと思えば、スミレが動いたためにクラブが耳を掠めると、
「だめですよ動いちゃ。危ないですよ」
懇願した調子で言う。



そのとき、スミレの腕を縛っていた紐が解ける。
あら? ちゃんと縛ってないのか?
当然反撃にあう吉岡。
上げた顔がにやけてる。



もしかして、わざとゆるく縛ってたのか。
追い詰めれば、スミレはこういう行動に出ると確信があったのか。
そういえばこんなことも言ってたな、
「でもね、僕なんか、死んじゃいたいなあ、なんて思っても結局自殺なんか出来ないんですよ」
「むしろあなたに殺されるなら本望だ」



吉岡の目的は「惚れた女に殺されること」だったのか。
そういう意味で荒川がうらやましかったのか。
そういえば、拘束こそすれ、吉岡はスミレに危害を加えていない。
精神的に痛めつけても、肉体的にはほぼ無傷のはず。



じゃあ、スミレは?
スミレの「荒川の死体を見ていたときの顔」を見て恋に落ちた吉岡は言う。
「あのときの顔はね、もっと綺麗でしたよ」
吉岡の趣味なのかもしれないが、そういうときに美しくなれるのがスミレだったとしたら。

ここまで書いて、もう一度DVDのパッケージを見ると、


ラブシネマ
「LOVE & エロス」をテーマに、日本映画の枠を超えて活躍する、廣木隆一三原光尋行定勲篠原哲雄塩田明彦三池崇史の6人の監督が、“女の子”を主人公に、デジタルビデオを使って自由自在に撮りあげた‘6つの純愛’物語です。

なるほど、特異ではあるけれど、確かに純愛なのかもしれない。
わからんでもない。
私もそれはありだと思う。
ただし、一宮スミレではなく若林しほさんなら。




DVDに収録されている特典映像の、舞台挨拶とトークイベントにも参加しているので、そのあたりも別に書くつもり。


追記:「シナリオ」2001年1月号に「張り込み」の脚本家の豊島圭介さんのインタビューが掲載されていました。
当初は男がレイプして立ち去る予定だったが、期間をあけてもう一度打ち合わせをしたら男は死にに来たんじゃないかということで監督と合意した。
「荒川の死体を見ていたときの顔」をもう一度見られるなら死んでもいい、その顔を見たいから彼女を極限状態に追い詰めていく。
そういう趣旨の話をされていました。